創業者自伝

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昭和四年十二月二十二日佐波郡出雲村堀(現山口市徳地堀伏野)大林家(農家)の三男として生を受ける。昭和十八年十五歳の時、徳山市第三海軍燃料廠(現出光石油)に見習工として入廠する。

九死に一生の奇跡的生還を体験す。それは、昭和十九年大東亜戦の敗戦濃厚な当時、五月九日米軍の大空襲で燃料廠は壊滅的大被害。多数の死者を出す。丁度その前日小生は、現場で右手人差指を負傷。出血多量で軍医から一日休業の命令を受け空爆当日は、廠外の寮で休んでいた為に難を逃れた。小生所属工場の皆さん二十名余り直撃弾を受け全員死亡された。 昭和二十年八月終戦で実家に帰り農業の傍ら木材筏出の日雇いを三年余り経験。昭和二十四年坑木(炭鉱用)の商売を始める。丁度実兄が(昭和六十七年病没)が小野田市の炭鉱に勤めていた関係で直接取引が始まり 兄も退職して二人で個人営業を始める。  

昭和三十二年大林坑木有限会社を設立し本社を愛媛県宇和島市に置き兄が社長を務めた。小生は、出雲村堀で堀支店長として山口県内の一帯で事業を展開。 昭和三十七年頃から炭鉱の閉山で廃業。製紙会社のパルプ原木の生産販売に切替え 事業所も防府市築港に移転する。仕事には熱中して昼夜励むも営業成績は一進一退でかなり苦労の日々であった。
 
昭和三十九年三月小生人生の大転換を掴む‼阿武郡佐々並の古谷木材社長の導きで山口市湯田の新生佛教に入団以来今日迄修行の連続を続ける。この教えは入団すると霊感を授かり(以下御神示と呼ぶ) 過去現在未来のことを人間の智恵で見えない事を教えて戴け、これを日常の私生活職域に御神示で行動することで省冗能率増進が可能になることに大いに共鳴し入団直後は毎晩湯田に通い教理の習得に努力する。当時煙草は癌になることの話が多く小生もヘビースモーカーで自分で止めようと随分努力したがどうしても止められなかった。それが入信三ヶ月の頃欲しくなくなり何の苦痛もなくいとも簡単に止められた。又大の酒好きで入信前は付き合いも多く夜毎飲んでいたがこれも飲みたくなくなり現在も一滴も口にしない。 昭和四十二年チップ工場を防府市築港に建設した。出荷先の製紙工場を決める時にABの二社で自分はA社が良いと思っていたが御神示はB社でイエス。自分では不本意ながら御神示通り実行。二~三年後にその正しさが判明した。A社は外材を主力。B社は国産材でその業績も良く価格、量共に他社よりわが社を優遇され業績回復の原動力となる。 昭和四十四年宅地造成の仕事に手を出す。岩国市で約二千坪の山林を御神示でイエスで購入。その後二~三ヶ月してからその土地を買いたい人が現れ其の時に売れば六百万円儲かるようになり大変良い話と思って先ず御神示を戴いたらノーで売ってはいけないと教えられた。売らずに保有。その後四十八年頃から住宅ブームで地価が急騰し昭和五十年~六十年の間に約三億で処分できた。あの時御神示がなかったら他の役員の強い薦めもあり六百万円で売ってしまっていただろう。チップ工場の好調と土地収入が重なり業績は急上昇。現在の会社の基盤作りに貢献させて戴く。
 
然し所詮小生も小人御し難しと反省すること大である。それと申すのも会社運営の好調さに自分の力と過信するようになり 慢心自我張が強く御神示にも従わないことがあり次のような失敗談がある。昭和五十八年頃九州のある住宅会社に木材出荷をして良いかの御神示でノーがあったが 条件が良くつい欲が突っ張り御神示に反して出荷した。間も無くそこが倒産し約二千万円が貸倒れとなり回収不能となった。又昭和六十ニ年頃製材機械のアメリカ製で曲材を挽く機械約一億円で購入。御神示はノーで出る。一旦中断していたがその後一年位してメーカー及び商社の甘言に迷い御神示に反して購入。使用結果は、悪く遂に撤収。大きな損害をこの二件で起こす。痛い目に遭ってつくづく御神示の偉大さが身にしみるこの頃です。 一方昭和六十三年頃土地ブームバブルで土地に手を出さないは企業家ではない様な時代でした。小生も当時防府市内二ヶ所約一億円位を購入することで御神示を戴くもノーで断念。その後暫くしてバルブがはじけ土地の価格暴落。全く買い手もない現況をみる時 又も御神示の有難さを痛感する。
 
平成年代初期よりチップが円高により輸入価格が安くなり国産チップの競争力を失った。遂にチップ生産から撤退。製材と立木生産を主力の経営に転換する。平成十年より現在の山口市徳地八坂に製材工場移転。その後設備増強を重ねて現在に至る。生産量で山口県一になり全国的にも屈指の中に入る規模となる。 近頃急激に住宅資材の多様化による在来品の需要減と全国的な産地間競争が激しく尚一層の経営合理化と営業力強化が課題と思う。小生も二十八歳で起業し今七十八歳を迎えた。今後若い世代に託すわけだが一層の奮起を期待したい。
  



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         弊社創業者 取締役会長 大林正二は平成27年11月29日、85歳にて永眠致しました。
         ここにあらためて生前のご厚誼に深謝し心から御礼申し上げます。   
 
         甚だ未熟ではございますが、故人の遺志を継ぎ、社業の発展に専心努力いたす次第でございます。   
         何とぞこれまでと同様、格別のご指導ご支援を賜りますよう切にお願い申し上げます。   


                               大林産業株式会社 代表取締役 大林真信   


 





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